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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5061号 判決

原告

甲野花子(仮名)

被告

乙山太郎(仮名)

ほか二名

主文

一  被告三名は各自、原告に対し金三万七、一一五円およびうち金一万七、一一五円に対する昭和五〇年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山太郎は原告に対し金五五万円およびうち金五〇万円に対する昭和五〇年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告三名に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告と被告乙山太郎との間に生じた分はこれを六分し、その一を同被告の、その余を原告の、原告と被告荒木光也および同荒木隣通との間に生じた分はこれを一〇〇分し、その一を同被告両名の、その余を原告の負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一)被告三名は各自、原告に対し金四〇二万六、一六二円およびうち金三六五万〇、一六二円に対する昭和五〇年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告三名の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「(一) 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  事故の発生

昭和四九年四月一二日午後六時四五分ころ大阪市東成区大今里西三丁目二番一号先丁字型交差点において、原告が後部座席に同乗し、被告乙山太郎が運転して東から西に向かつて進行中の自動二輪車(総排気量二五〇cc一奈ほ四一九七号、以下甲車という。)の前部と、西から東に向かつて進行し、右交差点で南に向かつて右折中の被告荒木光也運転の小型四輪乗用車(大阪五六て七五七号、以下乙車という。)の前部とが衝突し、その衝撃で原告は甲車から振り落されて路上に転倒した。

(二)  被告らの責任

1 被告乙山は本件事故当時甲車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるのみならず、右折車があることも予測される本件交差点において前方注視を十分しなかつたためその進入に際して乙車の発見が遅れ、かつ、徐行をしなかつた過失により右事故を発生させたものである。

2 被告荒木光也は交差点中央で右折のために一旦停車したが、西行の直進車が一時途切れたことに気を許し、その後続直進車の有無を確認することなく右折を開始した過失により甲車を右前方二五・三メートルに発見して直ちに急制動の措置を採つたが間に合わず右事故を発生させたものである。

3 被告荒木隣通は右事故当時乙車を所有し、自己のために運行の用に供していた者である。

(三)  損害

1 原告の受傷

頭部外傷Ⅱ型、右下腿裂創、右膝および右足関節打撲、後頭部打撲および血腫、左大腿部打撲および血腫、左肘部打撲

2 治療経過

入院

昭和四九年四月一二日から同月一三日まで辻外科に

同日から同年六月一五日まで大阪府済生会泉尾病院に

通院

同年六月一六日から同五〇年五月二三日まで同病院に(うち実治療日数六日)

ほかに大川接骨院でマツサージ治療を三日受けた。

3 後遺症

右膝下に一四センチメートル×四センチメートルと三センチメートル×三センチメートルの醜状痕(縫合痕)、右足の膝下の周囲が三二センチメートルで左足に較べて一センチメートル長い。右膝下の筋肉を切断したため跛行があり、正座ができず、長時間立つていることもできない。冬期また夏期にはクーラーにより冷えると右下腿痛がある。(昭和五〇年五月二三日症状固定、自賠法施行令別表後遺障害別等級表第一二級相当)

4 損害額

(1) 治療費等 五八万七、〇五〇円

(2) 入院雑費 三万二、〇〇〇円

前記病院に入院中、一日当り五〇〇円の雑費を要し、その六四日分は標記の金額となる。

(3) 付添看護費 一二万八、〇〇〇円

前記病院に入院中、原告の母富貴子が付添看護し、その対価相当額は一日当り二、〇〇〇円が相当であるので、その六四日分は標記の金額となり同額は原告の損害とみなされる。

(4) 後遺障害に基づく逸失利益 二七万八、七一二円

原告の前記の後遺症の部位、程度等に照らすと同人はその症状固定日である昭和五〇年五月二三日から三年間労働能力の一四%を喪失し、それに副う減収があると推定され、賃金センサスによると一九歳の女子労働者の平均月収額は五万五、三〇〇円であるからこれを基礎とすると、同人の後遺障害に基づく逸失利益は標記の金額となる。

算式 五五、三〇〇×〇・一四×三六

(5) 慰藉料 二七四万円

本件事故の態様、原告の受傷、治療経過、後遺症の部位、程度、原告は昭和三一年三月四日生まれの健康であつた女子で右事故当時○○○○○高等学校普通科二学年に在学する者であつたが、右事故により一学期を休学したため単位不足になり留年をせざるをえなくなつたこと、原告と被告乙山は同じ学校の同級生で昵懇な間柄となり、肉体関係を結び昭和四八年一二月第一回目の妊娠中絶をしたとき双方は将来婚姻することを予約し、その後第三回目の妊娠中絶のとき被告乙山の両親もその関係を承認し、原告と同被告は昭和四九年九月ころ、一〇日間を同被告方で、三日間を原告方で生活し、同年一一月一五日から約一か月間二人でアパートを借りて同居したが、同年一一月二六日原告が生駒病院に入院中同被告の父道男が同病院に来て原告に対し婚姻予約を解消して欲しい旨申入れ同予約を破棄したこと、同被告が同予約を破棄した原因は原告に前記の後遺症が残存したため、同被告は将来の婚姻の意思を失つたためであるので、それは右事故と相当因果関係があることその他諸般の事情をしん酌して、特に婚姻予約破棄による原告の精神的衝撃は大きくそれに対する慰藉料は一、〇〇〇万円程度が相当であるが、原告は被告らに対し右事故に基づき被つた精神的苦痛に対する慰藉料の内金として標記の金額を請求する。

(6) 弁護士費用 三七万六、〇〇〇円

(四)  損害の填補

以上合計すると原告の損害額は四一四万一、七六二円となるが、そのうち被告乙山から一一万五、六〇〇円の支払を受けた。

(五)  よつて原告は被告三名に対し、残損害額金四〇二万六、一六二円およびうち弁護士費用を除く金三六五万〇、一六二円に対する本訴状送達日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  被告乙山の答弁

請求原因(一)、(二)の1の事実は認める。同(三)の1ないし3は不知、4の(1)ないし(4)、(6)は不知、(5)のうち、原告を昭和四九年一〇月ころ一〇日間位被告乙山方に同居させたこと、同被告の父道男が原告に対しその主張の日時、場所で同被告とのその後の交際を止めて呉れるよう申入れをしたことはあるが、その余の事実は否認。同(四)は認める。同(五)は争う。

三  被告荒木光也および同荒木隣通の答弁

(一)  請求原因(一)のうち衝突の際の甲、乙車それぞれの衝突個所および原告が甲車から振り落されて路上に転倒したことは否認するが、その余の事実は認める。同(二)の2は否認するが、3のうち被告隣通が乙車の所有者であることは認める。同(三)は不知。同(四)は認める。同(五)は争う。

(二)  原告の後遺症の程度は原告主張の等級表第一四級に該当する程度のものであるので、それが第一二級相当を前提とする後遺障害に基づく逸失利益、慰藉料等の請求は理由がない。また、原告に対する被告乙山の婚姻予約破棄は原告の後遺症の残存に基づくものではなく、双方の内部的事情を原因とするものであるから本件事故とは因果関係がないので、被告光也および同隣通に対し原告が右事情に基づき慰藉料を請求するのはまつたく理由がない。

四  被告乙山の抗弁

原告が請求原因(四)に主張する弁済金額は一一万五、六〇〇円ではなく一三万二、四三五円であり、そのほかに原告は甲車加入の自賠責保険金三七万円、乙車加入の同保険金一一七万円の支払を受けている。そして原告の治療費等五八万七、〇五〇円のうち、三〇〇円は原告が文書料として泉尾病院に支払つたものであるが、その余の五八万六、七五〇円については被告乙山が昭和五二年一月二九日同病院と毎月末日限り二万円ずつ分割して支払う旨約定し、本件最終口頭弁論期日である昭和五三年一二月一四日までにその支払額は三六万円になつている。したがつて被告らの弁済額は二〇三万二、四三五円となる。そして前記病院の治療費の未払額についても被告乙山が今後約定に従つて支払を続け、原告がこれを支払う必要がないので、右未払額についても原告に対する債務免除があつたものとして控除がなされるべきである。

五  被告光也および同隣通の抗弁

(一)  前記四の被告乙山の抗弁を被告光也および同隣通の関係でも援用する。

(二)  原告は自動二輪車の後部座席に同乗する者として被告乙山のスピードの出し過ぎや安全運転義務違反を制止して事故の発生を未然に防止する立場にあるのにもかかわらず、なんらこのような措置を採らずに漫然と同被告を前方注視不十分のまま高速度で甲車を運転させて、むしろこのような危険を或る程度認容し、ヘルメツトも着用していないので被害者としての過失がある。さらに原告と同被告の間は単なる友人関係ではなく、肉体関係を結び本件事故前の昭和四八年一二月には妊娠中絶したような極めて昵懇な関係にあるので同被告の甲車運転上の過失は被害者である原告側の過失として、被告光也および同隣通の賠償額の算定に当つてその減額事由としてしん酌されるべきであり、また、仮りに右主張が理由がないとしても原告は無償好意同乗者であるから同被告らの賠償額についてもそれを考慮しての相当程度の減額がなされるべきである。

六  前記四、五の被告らの抗弁に対する原告の答弁

(一)  前記四および五の(一)の抗弁については、原告が被告乙山から一一万五、六四〇円支払を受けたことは認めるが、一三万二、四三五円支払を受けたことはない。その余の弁済の主張はすべて認める。

(二)  前記五の(二)の主張はいずれも否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)および(二)の1の事実は原告と被告乙山太郎との間では争いがない。しかし被告荒木光也および同荒木隣通は請求原因(一)のうち甲、乙車双方の衝突の際の両車の衝突個所およびその衝撃により原告が甲車から振り落されて路上に転倒したことは否認するが、その余の事実は認める。しかし、右の各点に争いがあるほか、同被告らは請求原因(二)の2の被告光也の乙車運転上の過失を否認し、さらに抗弁として原告の被害者としての過失、被告乙山の被害者側の過失、原告の好意同乗を過失相殺ないし賠償額の減額事由として主張するので、以下原告と被告光也および同隣通との間で、本件事故発生の状況について検討する。

(一)  前記の当事者間に争いがない事実に成立に争いがない甲第一一号証の一ないし三、五、第一六号証の一ないし五、第一七ないし一九号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる同第二一号証の一、右尋問の結果、被告乙山太郎および同荒木光也(一部)各本人尋問の結果を合せ考えると次の事実を認めることができ被告光也本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができない。

1  本件事故現場は東西に通じている車道幅員約一五・五メートルの道路とその南側に接して南北に通じている車道幅員約一一メートルの道路とがほぼ直角に交差している三差路交差点で、同道路ともアスフアルト舗装で平担であり、同交差点は信号機により交通整理が行われていること。東西道路の車両通行量はかなり頻繁であつたこと本件事故当時天候は晴天であつたこと。

2  甲、乙両車の衝突場所は同交差点内の東西道路の西行車線上のほぼ中央辺りであること。

3  乙車の運転者被告光也は同道路の東行車線を西から東に向かつて進行して来て南北道路に右折して入り南に進行しようとして、東西道路に対する対面信号は青色であつたが、本件交差点の手前で同車をセンターライン寄りに寄せて一旦停車し、西行の対向車両が途切れるのをしばらく待つていたが、それが一時途切れたように見えたので、発進して約一〇キロメートル毎時の速度で右折しかけて約五メートル進み、乙車の右前部が西行車線に入つたとき右前方約二五・三メートルに西進して来る甲車を認めて直ちに急制動の措置を採つたが間に合わず、約二・五メートル前進して停車したとき位にその前部中央付近に甲車の前部が衝突し、その衝撃で甲車はほぼ南方に跳ね飛んで横転し、その後部座席に乗つていた原告は衝突地点からほぼ南方約七・五メートルの路上に振り落されて転倒したこと。

4  他方被告乙山は後部座席に原告を同乗させて約六〇キロメートル毎時の速度で甲車を運転して東西道路西行車線中央辺りを東から西に向かつて進行し、本件交差点を直進通過しようとしたが、その手前約二八メートル付近を走行中自車の対面信号が青色であるのを確認し、さらに約一〇メートル進行した交差点手前約一八メートル付近で、右前方約二五・三メートルに乙車がゆつくりと右折し、既に車体右前部を西行車線上に出しているのを認めたが、ハンドル操作だけで衝突を回避することができると安易に考えて、そのままの速度で約一五メートル直進し交差点に進入しかけたとき前方約八メートルに停車寸前の乙車を発見し直ちに急制動の措置を採つたが間に合わず、前認定のとおり両車は衝突したこと。甲車が交差点に進入したときはその対面信号は黄色に変つていたと窺えること。

5  原告と被告乙山とは共に○○○○○高等学校普通科第二学年に在学する者であり、昭和四八年春ころから交際し始めて次第に昵懇になり肉体関係も生じて同年一二月六日ころには双方の両親が不知の間に大阪市内の病院に二人で行つて原告が懐胎した胎児を妊娠中絶し、そのころ二人で将来高校を卒業したら婚姻することを約束し、本件事故当日の同四九年四月一二日は交通機関のストライキのため高校が休校になつたので、原告は同被告方に朝から遊びに行き午後から同被告運転の甲車に同乗して奈良公園に行つて遊び、同被告が原告を同人方に送つて帰る途中本件事故が発生し、原告は当時後部座席を跨いで乗り、ヘルメツトは着用せず両手を同被告の腰辺りに回して顔はその背に付け、左方を見ていたので、衝突の直前まで乙車に気が付かなかつたこと。

6  同被告は同年三月一五日自動二輪車の運転免許を取得し、同年四月初めころ甲車を購入して運転し始めたものであるが、原告は本件事故時までに同車には二、三回同乗させて貰つたに過ぎないこと。

(二)  右認定の事実によれば、本件事故の発生につき被告乙山は乙車を発見したときその間の距離は約二五・三メートルしかなかつたのであるから、直ちに急制動の措置を採るべきであるのに、そのまま約一五メートル、約六〇キロメートル毎時の速度のままで直進し、しかも甲車の交差点進入時にはその対面信号は黄色に変つていたと窺えるので同被告に本件事故発生の原因となつた過失があることは明らかであるが、乙車の運転者被告光也にも見通しの良い交差点で、一時西行車両が途切れたことに気を許し、右前方に対する注視が不十分なまま甲車の接近に気付かないで発進して右折しかけて西行車線上に乙車を進出させた過失があり、同被告の右の過失も右事故発生の原因となつているといえるので、被害者である原告の損害発生につき、同被告両名の過失はその原因として、客観的に競合して寄与しているといえるので、同被告両名は共同不法行為者であるといえる。

(三)  原告は本件事故当時、ヘルメツトは着用せず、また、被告乙山に対し運転上の注意や警告をしたとは認められないが、原告は甲車に同乗したのは、右事故に会うまでに二、三回であり、かつ、同被告の運転速度も一応法定最高速度内であるので無謀運転とまではいえないので、原告にも前記の点に不注意があり、その不注意も本件事故発生に幾分かは原因として寄与しているとはいえるにしてもその不注意の程度は軽微であり、さ程に責められるべき落度とも考えられないので、その不注意は過失相殺の対象として特に採り立てて考慮の対象となる程の被害者の過失とは思料されない。次に、(一)の5の事実を考慮しても、原告と同被告とは肉体関係があり、将来の婚姻を約束した間柄に過ぎず、右事故時までには同居したり、生計を共にしたことはなかつたと認められるので、身分上ないし生活上一体関係にあるものといえないので、同被告は被害者である原告側にあるものとはいえないので、同被告の過失をしん酌して被告光也および同隣通の原告に対する賠償額の算定に当り過失相殺その他の減額をするのは相当であるとは考えられない。

最後に、原告は被告乙山との関係、甲車に同乗の経緯などから考えて同車の好意同乗者であるとはいえるが、原告はそれまでに同車に同乗させて貰つたのは二、三回であり、同被告と共にそれまでに同車で遠距離のドライブをしたり、その計画を共同して立てたりしたこともなく、右事故当日は同被告方近くの奈良公園に同車に同乗して一緒に遊びに行つたというだけのもので、同車につき部分的にも運行支配や運行利益を有していたとは認められず単なる好意同乗者に過ぎないといえる。右事実によれば、原告の同被告に対する損害賠償請求については、もし同被告が抗弁として好意同乗による賠償額の減額を主張すれば、同被告に対する慰藉料の金額の減額事由としてのみ考慮される余地はあるが、同被告はその主張をなんらしていない。そして、単なる好意同乗の場合、右の慰藉料の減額は右の同乗者と被同乗者である運転者ないしは運行供用者等の間の単に内部的事情をしん酌しての減額に過ぎないので、その事情に関知しない、共同不法行為者の関係にある他の車両の運転者ないしは運行供用者等の関係でも被害者の慰藉料額算定につき右事情を考慮に容れてこれを減額することは、公平の原則の見地からみても相当とは思われない。したがつて、被告光也および同隣通からする前記の好意同乗を理由とする同被告両名の賠償額の減額の主張は採用の限りでない。

二  そして、請求原因(二)の3のうち本件事故当時、被告隣通が乙車を所有していたことは同被告の自白するところであるので同被告は自賠法三条所定の運行供用者であると推定されるばかりでなく、成立に争いがない甲第一八号証および被告光也本人尋問の結果によれば同車は被告隣通が経営している荒木美術の業務用に運転使用されている車両で、被告光也は被告隣通の甥に当り同被告に従業員として雇用され日常同車を運転しており、本件事故当時は同車の部品を買いに出た途中友人らに会つて同乗させて同人らを目的地に送つて行く途中に右事故を発生させたことが認められるので、被告隣通はなお同車につき右事故当時運行支配および運行利益を有していたといえる。したがつて、被告乙山は甲車の被告隣通は乙車の各運行供用者として自賠法三条により、被告光也は自己の過失により右事故を発生させたものであるから民法七〇九条により各自、原告に対し同人が右事故により被つた損害を賠償する債務があり、被告らの右各債務は不真正連帯債務の関係にあるといえる。

三  そこで、原告が右事故により被つた損害について検討する。

(一)  成立に争いがない甲第三ないし六号証、被告乙山との間では証人甲野富貴子の証言(第一回)により成立が認められ、その余の被告らとの間では成立に争いがない同第七ないし九号証および右甲野証言、原告本人尋問の結果によれば原告は本件事故により請求原因(三)1に主張のとおり受傷し、右事故直後富畑診療所で応急手当を受けたのち、同の2に主張のとおりの治療経過を経たこと、後遺症として同の3に主張の縫合痕が残り、また、右下腿の前脛骨筋の横断裂、拘縮等により軽度の跛行があり、長時間歩行すると苦痛になつてそれが目立つようになり、一〇分間位以上の正座ができず、季節の変り目、雨天の日、夏期にクーラーのある部屋に長時間いるときなどに右下腿部が疼き、また、長期間立ち作業が困難であり、右足の膝下の周囲と左足の同部の周囲とにその主張のとおりの長さの差があることが認められ、右の後遺症状は昭和五〇年五月二三日固定したが、その程度は各症状を総じてみても自賠法施行令別表後遺障害別等級表第一四級相当にとどまることが認められる。

(二)  右事実を前提として損害額の明細についてみてみる。

1  治療費等

前掲甲第四、五号証によれば原告の泉尾病院の治療費等に五八万七、〇五〇円を要したことが認められる。

2  入院雑費

経験則上、原告の辻外科および泉尾病院に入院中一日当り五〇〇円の雑費を要したことが認められるので、その六五日分は三万二、五〇〇円となる。

3  付添看護費

前掲甲野証言(第一回)によれば原告が前記各病院に入院中付添看護を必要とし原告の母富貴子がそれに当つたことが認められ、経験則上その対価相当額は一日当り二、〇〇〇円が相当であると認められるので、その六五日分は一三万円となり、同額は原告の損害と認めるのが相当である。

4  後遺障害に基づく逸失利益

前掲甲第一七号証(被告乙山との間では真正な公文書と推定される)および原告本人尋問の結果によれば原告は昭和三一年三月四日生まれの健康であつた高校生であるが、前記の右足の縫合痕を除く後遺症の部位、程度等に照らすとその症状固定日である昭和五〇年五月二三日から六年間労働能力の五%を喪失するものと推定されるが、同人は昭和四九年九月ころ前記高校を退学し、そのころから大阪市内の喫茶店のウエイトレスや書店の会計係として勤務し、昭和五二年七月ころから勤務している喫茶店ではその経営者と将来の結婚を約束している仲なので別段給料は貰つていないが、それまでの勤務先では月額八、九万円の給料を得ていたことが認められ、昭和四九年賃金センサス産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計一八~一九歳の者の平均年収は八七万六、七〇〇円であるので、右労働能力低下による現実の減収はないと認められるので、同低下に対する補償は別途慰藉料としては認容するのが適当であるので、標記の損害はこれを肯認することができない。

5  慰藉料

(1) 被告乙山との間では成立に争いがなく、その余の被告らとの間では原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二〇号証の一、二、第二一号証の一ないし三、証人甲野富貴子(第一、二回)、乙山道男、乙山一子の各証言、原告および被告乙山各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、前記一の(一)の5の事実のほかに次の事実を認めることができ、右認定に反する適当な証拠はない。

イ 原告が泉尾病院に入院中、被告乙山(昭和三二年三月一五日生まれ)は原告の母富貴子に対し、自分達が高校を卒業したら結婚する旨を告げ、また、原告が同病院を退院後、同被告の父道男が原告方に来て原告の両親に対し同被告の両親も原告と同被告の高校卒業後の婚姻を承諾している旨告げ、富貴子夫婦もこれを承諾したこと。しかし、結納の持参、婚約指輪の交換等の行為はなんらなかつたこと。

ロ 原告は昭和四九年九月九日ころ同市内の病院で再度同被告との肉体関係により懐胎した胎児を妊娠中絶したが、その後同被告方に一〇日位寄居したこと。原告は泉尾病院退院直後から高校に通学していたが、単位不足から留年が懸念され、原告は前記高校に入学する前に×××女子学園に一年間在学し、○○○○○高等学校には一学年として入学したためもし留年すれば二年間遅れとなり、また、同被告は高校を卒業すれば就職して原告と結婚して呉れると約束するので、同被告の勧めに従つて同年九月高校を退学し、喫茶店にウエイトレスとして勤務し始めたこと。

ハ しかし、その後原告と同被告との仲に破綻のきざしが生じ、同被告が高校内で原告の悪口を言つたり、他の女子学生と交際しているという風聞が原告の耳に入つたので、原告は同年一一月初めころ前記高校に行き、近くの喫茶店で二人で将来の身の振り方を話しているうち、両者の話が喰い違うため原告は興奮の余り同被告の面前で予め用意していた睡眠薬を飲んで容体が悪くなり大野病院に救急車で連ばれ二日位入院したが、その後も原告は情緒が不安定であつたので同被告が富貴子らに頼まれて数日原告方に寄居し、同月一五日ころ原告方近くに賃料、保証金は原告側で支払つたが、同被告名義でアパートの一室を借り受けて同被告は同所から高校に通学し約一週間を原告と生活を共にしたが、そのことは同被告の両親に無断であつたので、父道男が高校に出向いて同被告を同人方に連れ帰つたこと。

ニ 同月二五日ころ原告は同被告方に行つて同人に会おうとして電話したとき同被告の毋一子から「今日は親戚の人が来ているから来ないで呉れ。」と言われたが、同被告方前に行つて待つていたところ一子が出て来て「三月男は友達の所に行つたので帰つて呉れ。」と言われ、居留守を使われたと考えて悲観して帰宅途中、同人方付近で用意していた睡眠薬を飲み容体が悪くなり生駒市内の病院に救急車で運ばれ入院したこと。当日夕刻同病院に道男、同被告が来てそれぞれ原告および母富貴子に対し「二人の関係は白紙に戻して呉れ。」と言つて婚約の解消を申し入れたこと。

ホ 原告は同病院を退院後前記アパートに戻つて書店の会計係として勤務して暮らし、同被告は時折アパートに来て肉体関係を持つていたが、両者の気持のそごは消えず、翌五〇年三月中旬ころ両者で話し合つて以後の交際は止めることとし、その後は会つていないこと。

ヘ 原告は同年四月一〇日ころ大阪市内の病院で同被告との間の胎児を三度目の妊娠中絶をしたが、その際同被告側は知人の井内喜代治にその手続の代行を頼んで、その手術費用は同人を介して病院に支払つたが、同被告もその両親も病院には行かなかつたこと。

ト 原告は前記の事態のいきさつにより相当な精神的苦痛を被つたこと。

(2) 右事実からすれば原告と同被告との間は内縁関係とまではいえないが、双方の間で各両親の同意を得た高校卒業後婚姻する予約が成立しているとはいえ、両者の仲の破綻の原因は証拠上判然としない点はあるが、右予約は主として同被告側の事情により同被告により破棄され不履行になつたとみて差し支えない。そして、まだ高校生であり生活力もなく、勉学に専念すべき同被告や原告がそれをなおざりにしてその場その場の情念に委せて、将来に対する真摯な生活設計もなく肉体関係を持つなどした両者の行動および生活態度は高校生にあるまじき不純なものとして双方を責めるべき点が多々ある。しかし、原告にも突発的な興奮や甘えから睡眠薬を飲むなどして両者の関係の終局的な破綻を招来した非もあるが、被告も一旦将来の婚姻を約束しながら、両者の仲に破綻のきざしが見え始めたところからは、婚約の維持を要求する原告に誠意をもつて応待せず同人を冷たく跳ね付け、また、婚約の破棄を申し入れて置きながらなお肉体関係を持つなどした点は倫理的に責められるべき点が大きい。したがつて右予約の不履行は被告の責めに帰すべき事由に基づくといえる。

(3) しかし、右婚姻予約不履行は、原告と同被告との間の専ら内部的事情に基づくものであつて、原告の本件事故による受傷や後遺症がその原因の一端になつていると認めるに足りる証拠はないので、右事実は被告光也および同隣通の原告に対する賠償額の算定の事情としてはしん酌すべきではないと思料され、また原告の退学は、同人の入院期間は二か月余りで、その間休学しただけで、その後右受傷が勉学に格別の支障を与えたと認めるに足りる的確な証拠もなく、同人が真面目に勉学に専念しておれば単位不足も留年もなかつたと認められるので、同被告両名の賠償額の算定につき右事情を考慮するのも相当でない。

(4) してみれば本件事故に基づく原告の慰藉料は右事故の態様、原告の受傷、治療経過、後遺症の部位、程度、それに基づく労働能力の低下その他諸般の事情をしん酌して一三〇万円が相当であると認められる。(そのうち、労働能力低下に対する補償は後記算式のとおり前記平均年収八七万六、七〇〇円を基礎として、症状固定日である昭和五〇年五月二三日から六年間五%の労働能力の喪失があるとみて年五分の割合による中間利息を控除する年別ホフマン計算法により同日現在の現価によつて二二万五、〇三一円と算定した。

算式 八七六、七〇〇×〇・〇五×五、一三三六

(5) そして、被告乙山の原告に対する婚姻予約不履行に基づく慰藉料は前認定の事実および説示その他諸般の事情をしん酌して五〇万円が相当と認められる。

四  そうすると、原告の本件事故に基づく損害額は二〇四万九、五五〇円となり、被告三名は連帯して原告に対し同額の損害賠償債務があるところ、原告は甲、乙車加入の各自賠責保険から小計一五四万円、被告乙山が泉尾病院に昭和五三年一二月一四日までに原告の治療費三六万円を支払つていることは当事者間に争いがないが、同被告が原告に対し一三万二、四三五円支払つたことについては同人は右受領額は一一万五、六四〇円であると主張してその差額一万六、七九五円の支払を否認するが、成立に争いがない乙第一号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる同第二号証、証人乙山道男の証言によれば同被告は昭和五〇年五月二八日ころ原告方で井内喜代治を介して原告の母富貴子(当時法定代理人親権者)に対し右事故による損害賠償として一三万二、四三五円を交付して支払つたことが認められ、証人甲野富貴子の証言(第二回)のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができない。したがつて、被告らの右事故に基づく損害賠償債務の弁済額は二〇三万二、四三五円となる。なお、被告らは原告の同病院に対する治療費残債務二二万六、七五〇円についても、被告乙山が昭和五二年一月二九日同病院との間で毎月末日限り二万円ずつ同病院に対し支払う旨約束し、文書料三〇〇円を除く同費用五八万六、七五〇円のうち前記のとおり既に三六万円を支払つて、今後も同約定に従つて同被告は支払を続けるので、原告はその支払の必要がないので未払額についても原告に対する債務免除があつたものとして控除がされるべきであると主張するので判断する。なる程、証人乙山道男の証言および弁論の全趣旨によれば、同被告と同病院との間に被告ら主張の約定がなされたこと、その後同病院から原告に対しては治療費の請求がないことが認められ、かつ、同被告が同病院に対し三六万円を支払つていることは前記のとおり当事者間に争いがないが、前掲各証拠によれば、右の契約には原告は当事者として加わつてはおらず、それは同被告が同病院に対し原告の治療費債務を重畳的に債務引受し、原告と共に同病院に対し右債務につき単に連帯債務者となつたにすぎず、原告に対して同病院からの債務免除はないと認められるので、原告には同病院に対しなお二二万六、七五〇円の未払債務があるというべきであるから被告らの右主張は理由がない。よつて被告らの原告に対する残債務は一万七、一一五円となり、弁護士費用は本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、認容額等を勘案して二万円が相当である。

そして、被告乙山は右のほかに、原告に対し婚姻予約不履行の損害賠償として五〇万円を支払う債務があり、本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、認容額等を勘案すると弁護士費用は五万円が相当である。

五  以上の次第で(一)被告三名は各自、原告に対し本件事故に基づく損害賠償残債務および弁護士費用合計金三万七、一一五円およびうち弁護士費用を除く金一万七、一一五円に対する本訴状送達日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)被告乙山は原告に対し婚姻予約不履行に基づく損害賠償債務および弁護士費用合計金五五万円およびうち弁護士費用を除く金五〇万円に対する本訴状送達日の翌日である昭和五〇年一〇月二一日から完済まで同法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるので、右の各限度で原告の被告三名に対する本訴請求を正当として認容し、その余の請求は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行の宣言につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

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